10年前の『“パぁーンと中実の詰まった”真っ白な』マーケ実践Vol.142

10年前の『“パぁーンと中実の詰まった”真っ白な』

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‐‐‐皆々様‐‐‐
■□ コーディネーター(創生プロ)の高橋です。 □■

お陰様で、配信から10年、当初の頃にお送りしたものを抜き出して、少し編集し再配信致してみます。(10年前なので、大多数が初めての方・忘れている方々へ・・・)
(お陰様で、今回で142回も続いていますが10回目の配信を。)
『【10回続いた記念に】』Vol.10 07,07,17
前回2回ほどアルバイトについて述べたので今回はマーケティングを離れて、もう一つのアルバイト経験談を綴ってみます。

学生のころは様々なアルバイトに勤しみました。そして数々の思い出を・・・・。
皆様にもそのような若かりし頃の経験が御有りのことと思われます。
 大学一年生の初夏、当時校舎はお決まりのロックアウト(懐かしいと思われる方、何それ?との方、説明は省きます。調べてみてください。)、学食のアルバイト一員として、構内にて警備名目で常駐する戦闘服姿の怖い「右」さんの学生(関東軍と呼ばれていました)に食事を作っていました。外は、メットでスクラム学生&機動隊、そんな毎日に飽き飽きしていた私は先輩から声を掛けていただいたアルバイトに飛びつきました。
  ところは  東京都 田無
  きせつは  初夏
 してその内容は、、、、、とある政党の とある都議会議員の とある選挙のビラ配り。
一軒一軒、郵便受けにビラを、夕方からは駅前に並び電車から吐き出される乗客に手渡し、、、当時にしては結構なバイト料だったと記憶しています。時代背景ですよネェ~、どういう“つて”か“コネ”か、私たちとは別に大阪からツアーで十数人の学生アルバイトを動員されていた記憶があります。
 田無市の郊外もそのころは長閑で東大の広大な試験農場があったりして、今の福島の住宅地のはずれのような雰囲気で、陽差しの照りつける道を、陽炎が立ち、逃げ水が走り、そんな中を白い帽子とミニスカートの女の子が紙袋を持って歩いてきました。
「こんにちは!」挨拶を交わし一緒に廻り始めました。
私が、一軒の郵便受けに入れると彼女は脇でただ佇んでいます。
不思議に思い「入れないの?」と聞くと、
「え、同じじゃないんですか!」とびっくりしたような声で、彼女は「左」の赤い新聞の方でした。今年卒業したばかりで、保母さん(今は保育士さんですか)の新米、先輩からの指示で何も知らないままボランティアを一生懸命がんばっていました。私より一つ年上だったらしいのですが、どう見ても・・・。
 田舎から出てきたばかりの私も、まだ下心など持てるだけの才も無く、ただ二人、初夏の陽射しの中、他愛のない会話(ぎこちない)を交わしながら並んで歩いていました。
 彼女は一枚一枚丁寧に、私はといえば間違ったフリをして2~3枚をいっぺんに。重い紙袋のノルマを早く軽くする為に。そのうち2階建ての木造アパートへ、靴を脱いで廊下を通り各部屋へ、その当時は普通に見られたアンナ造りのアンナアパートです。(あの頃流れていたのは、甲斐よしひろの♪安奈♪ですが、関係はありません。)
 私は靴も脱がず下駄箱の上へ纏めてチラシを、2階のときも手を伸ばし階段へ部屋数より多い枚数をポンと、彼女はというとどうしてそんなに一生懸命になれるのか、靴を脱いで一階の各部屋ごとに・・・。手持ち無沙汰で待っていると今度は2階へと、
  ほの暗い階段を軽い足音を立てて、
見るとも為しに見上げると、
白いソックスのはじけそうな素足、
フワッ~と舞うスカート、
  そして、“パぁーンと中実の詰まった”
『真っ白なパンティ』
が弾むように軽やかに上っていきました。
目を逸らしたのか、見つめたのか、フリルが有ったか無かったか(ちょっとジョーク)、そこだけ記憶が飛んでいます。

その後、先輩と会ってしまい「また後で」の一言にて、
先輩と涼しい喫茶店でサボりながら(まだ暑い中歩いているのかなぁ~)などと思うと、なんか後ろめたい思いで、夕方誘わなくては食事ぐらい奢らなきゃ、向こうは無給のボランティア、こっちは高額のバイトでサボり中。
あの、“パぁーンと中実の詰まった”『真っ白なパンティ』に本当に申し訳なく、と思いながら冷たいお絞りで顔を拭き冷たいコーヒーを美味しく飲んでいました。(夕方、駅前で会えると勝手に思い込み、しかし後に彼女の友人に聞いたところ都合で駅前には出られず、結局そのままサヨウナラで・・。)

 前回・前々回とバイトのことばかり書いていたら思い出してしまいました。
あの、“パぁーンと・・・・・”“『真っ白な・・・』”と“陽炎の中の女の子”、“逃げ水のような女の子”、ただそれだけのことを延々と綴らせていただき、読まされる方々のはた迷惑も省みず。こんな昔のことは鮮明に思い出されるのに、昨日の夕食、テーブルに何が載っていたかに悩む今日この頃です。と言いながら昔のことは鮮明に、のはずも「黄色い麦わら帽子」を被っていたような・いなかったな気がするのは、松崎しげるが歌う『グリコアーモンドチョコレート』のコマーシャルソングの影響なのか、
♪黄色い麦わら帽子の女の子 今日も会えるかな 夏の日であった女の子・・・♪、“可愛い”“黄色い麦わら帽子をかぶった女の子”が“陽炎の中の女の子”で“逃げ水のような女の子”と状況説明をし始めると、“可愛い”も気になってきました。
現代と違いスマホの撮影機などない時代、「バカチョンカメラ」や「写ルンです」
のちょっと前の頃、証拠がありません。“本当に可愛かったのか?”ここの所に疑問を持つと、この文もほのぼのと数十年いだき続けてきた想い出も消してしまわねばなりません。
 想い出ひとつ持ち続けるのにも、長期に渡る『忍耐力』と『体力』と『自己暗示』が必要でした。“パぁーンと・・・・・”“『真っ白な・・・』”可愛い女の子に寄り添い並んで歩く“『私』”も“紅顔の美少年”でなければなりません。当然のことに、私の当時の写真は残っています。お見せできないのは残念ですが。
“紅顔の美少年”==「朝に紅顔あって世路に誇れども、暮 (ゆふべ)に白骨となって郊原に朽ちぬ」(この世は無常で、人の生死は予測できないことを云うそうです。)朝の“林檎色のほっぺ”が漂白剤を掛け過ぎたのか夕方には“理科室の骨格標本”に、と云うお話のようです。一日でそのような変化を遂げるのですから40年も経てば、“紅顔”が“厚顔”になり“幸丸”になっているか後に願いを残したままの“後願”で終わるか、ここまで記すれば皆様ご期待の下ネタ“○○”はどうなっているのか、ご期待が高まってくるのでしょうが、今回は夢を見ましょう。鏡は見ないことにして。

たまにはマーケティングからはなれて、ほのぼのとした皆様自身の「ほのぼの思い出」にでも浸っていただければ幸いです。
マーケティングに無理やりこじつけようとしましたが、今回ばかりは繋がらないのでお許しを・・・。マーケティングなんぞに繋げて、あの頃の思い出を壊してしまうようなことは避けたいと、
 “パぁーンと・・・・・”『真っ白な・・・』と陽炎の中の女の子、逃げ水のような女の子・・・・・。
 ところは 東京都 田無(市フィルム・コミッションからの要請が)
 きせつは 初夏(来年の夏の予定、今は空いています。)
 しゅえん 可愛い女の子(オーディションの日は審査委員も。)
 じょえん 紅顔の美少年(私の昔の写真提供。)映画化の際は、お申し付けください、原作者として格安の料金で著作権をお譲りいたします。
脚本も宮藤官九郎までは行きませんが・・・、監督も“お願いしたい”と云われますか、“考えさせてください。”
プロデューサーなら自信があるのですが。そこで、
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